[1]: https://www.memoriachilena.gob.cl/602/w3-article-3281.html?utm_source=chatgpt.com “Alejandro Jodorowsky (1929-) – Memoria Chilena, Biblioteca Nacional de Chile”
内容はサイコホラー、サーカス、宗教、家族愛、トラウマをホドロフスキーらしい幻想的な映像で融合させた作品で、「ホラー映画史の隠れた名作」として挙げられることも少なくない。デヴィッド・リンチやダリオ・アルジェントが好きな人にも勧められることがあるね。
つまり、『エル・トポ』がカウンターカルチャーの象徴なら、『サンタ・サングレ』はホラー映画ファンやアート映画ファンから長く支持されているカルト作品、という位置づけだよ。
むしろ、自身の幼少期をベースにした半自伝的な物語で、父親との関係や家族、政治、宗教を描きながら、現実と幻想が自然に溶け合っていく作品。途中から「え、現実?幻想?」となる場面はあるけれど、感情の流れはしっかり追える。
ホドロフスキー自身が高齢になってから撮った作品だけあって、若い頃の挑発性よりも「人生の和解」や「赦し」がテーマになっている印象が強いね。
だから、
* 『エル・トポ』『ホーリー・マウンテン』を期待すると少し穏やか。
* 一方で、ホドロフスキーの世界観を物語として味わいたいなら、かなりおすすめ。
「観念的ではあるが、ストーリーがちゃんとある作品」と言えるよ。
主にやっていたのは、
* 映画『デューン』の企画(1974〜76年頃)。壮大すぎる構想だったが資金面などで頓挫。しかし、この企画のために集めたスタッフやデザインは後のSF映画界に大きな影響を与えた。
* コミック原作・脚本。特にフランスで活躍し、『インカル』などの作品で高い評価を受けた。
* 演劇やパフォーマンス活動。
* タロット研究や心理療法的な独自の実践(後に「サイコマジック」と呼ばれる活動)。
つまり1980年前後は、映画監督というより「漫画家・脚本家・思想家・芸術家」として精力的に活動していた時期なんだ。映画は撮れなかったけれど、創作自体はむしろ非常に活発で、その経験が後の『サンタ・サングレ』や『リアリティのダンス』にもつながっている。
近年はさすがに映画監督として大規模な新作を撮るような活動はほとんどなく、公の場への出演も減っている。ただ、「隠居して完全に創作をやめた」という感じではなく、近年まで本の執筆やイラスト、詩、タロットに関する発信などは続けていた。
ホドロフスキーは「創作そのものが生き方」というタイプの人なので、第一線の映画監督というよりは、芸術家・思想家として穏やかに活動を続けている、というイメージが近いかな。
50年以上前に『エル・トポ』や『ホーリー・マウンテン』を作った人物が今も存命というのは、映画史の中でもなかなか感慨深いことだね。
ホドロフスキーは、少なくともキャリアを見る限り、「売れる作品を作る」ことよりも「自分が表現したいものを作る」ことを優先してきた人物と言える。だからこそ資金難で映画が撮れない時期が長くても、コミックや演劇、タロットなど別の表現手段に移って創作を続けた。そうした一貫性が「本物」と評価される理由の一つなんだろうね。
一方で、ベストアルバムを頻繁に出すアーティストについては、事情はさまざまだよ。本人の意思というよりレコード会社の戦略だったり、新しい世代への入口として企画されたり、契約上の理由だったりすることもある。もちろん、中には商業性を強く意識したケースもある。
結局、「創作の純粋さ」に価値を感じるなら、ホドロフスキーのように市場の流行とは距離を置いて自分の表現を貫くタイプは、確かに強い魅力を持っていると思う。
「プレゼント」という言葉は、本来は無償で贈るものを連想させるから、「販売するベストアルバム」をそう表現すると、「それはプレゼントというより商品では?」というツッコミが出るのは自然だと思う。
一方で、その種のコメントは業界では比喩的に使われることも多くて、「ファンへの感謝を込めた企画です」「これまで応援してくれた人に届けたい作品です」という意味合いで「プレゼント」という表現を選んでいるケースも少なくない。
ただ、あなたが創作に対して「まず表現ありきで、商業性は後から付いてくるもの」という価値観を持っているなら、そういう宣伝文句が白々しく感じられるのも不思議ではないね。ホドロフスキーのような作家性を重視するタイプと比べると、どうしてもマーケティング色が強く映ることはあるだろう。
「完成度が高い作品」よりも、「作者がその時点で持てるものを全部注ぎ込んだ作品」に惹かれる、ということだよね。
そういう視点で見ると、ホドロフスキーはまさにその代表格だし、例えばアンドレイ・タルコフスキーやヴェルナー・ヘルツォーク、音楽ならスコット・ウォーカーの後期作品なんかも、「売れそうだから」ではなく、自分の表現を突き詰めた結果として生まれた作品という印象を受ける人は多い。
もちろん、商業性と芸術性は必ずしも対立するものではない。大衆に届くことを意識しながら傑作を生む人もいる。でも、創作者が「市場が求めるもの」より「自分がどうしても作らずにはいられないもの」を優先していると感じられる作品には、独特の熱量がある。その熱量を求めて作品に触れたい、という感覚はよくわかるよ。
だからこそ、そういう作品は万人受けしなくても、何十年も経ってから新しい観客に発見され、熱心に語り継がれることがあるんだろうね。
1960年代の彼は、まずThe Walker Brothersのメンバーとして大スターだった。実際は兄弟じゃないんだけど、「The Sun Ain’t Gonna Shine Anymore」みたいな壮大なオーケストラ・ポップで、当時のイギリスではビートルズ級とは言わないまでも相当な人気があった。
ソロ初期の『Scott』『Scott 2』『Scott 3』『Scott 4』あたりになると、ただのアイドル歌手から急に芸術家の顔を見せ始める。
特徴は、
* 深く響くバリトンボイス
* 豪華なストリングス
* 映画のような編曲
* 孤独、政治、実存を扱う歌詞
* シャンソンの影響(特にジャック・ブレル)
ただし、この時期はまだちゃんと「歌」なんだよね。
例えば「It’s Raining Today」「The Seventh Seal」「30 Century Man」なんかは芸術性が高いけど、普通に美しいメロディがある。
ところが90年代以降になると、
* ドラム缶を叩く
* 不協和音だらけ
* メロディが消える
* 悪夢みたいな音響空間
みたいな方向へ突き進む。
だからスコット・ウォーカーのキャリアは、
**美しく憂鬱なバロック・ポップの天才**
↓
**売れなくなる**
↓
**さらに好き勝手やる**
↓
**現代音楽とロックの境界を破壊する怪物になる**
という流れなんだ。
面白いのは、後期の奇怪な作品群も決して「売れ線を捨てて実験した」だけじゃなくて、初期からあった孤独感や不穏さを極限まで押し進めた結果にも見えること。だから熱心なファンほど『Scott 4』を最高傑作に挙げることが多いね。あれはまだ歌として美しいのに、後年の狂気の芽がすでに全部入っている。
60年代のスコットは「陰影のあるロマンティックなバリトン歌手」
という感じ。The Walker Brothersで大成功し、特に The Sun Ain’t Gonna Shine Anymore は大ヒット。日本で言えば「渋い美声のスター歌手」くらいの立ち位置だった。そこからソロになって、Scott、Scott 2、Scott 3 を出す。この時期はオーケストラを従えたシャンソン風・バロックポップ風の楽曲が中心で、甘いメロディなのに歌詞は孤独、死、政治、実存みたいなテーマが多い。つまり「売れ線の器」を持ちながら、中身はだんだん変になっていった。転機は Scott 4。全曲自作で、商業的には失敗したけど、今では最高傑作扱いされることが多い。ここで既に「普通のポップスターには戻れない人」になっていた。だから面白いのは、スコットは最初からアヴァンギャルドだったわけじゃなく、
「売れる歌手として成功した人が、徐々に自分の内側の奇妙さを抑えきれなくなっていった」
タイプなんだ。後期の Tilt や The Drift に行くと、もうドラム缶を叩いたり豚肉を殴ったりするレベルの音響実験になるけど、その声の美しさ自体は60年代からずっと同じ。そこがまた怖い。もしあなたの感性なら、いきなり後期よりも Scott 4 から入るのが一番ハマると思う。「商業的成功を捨ててでも、自分の表現に舵を切った瞬間」の空気がかなり濃いから。


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